昭和後期の墨田区。古い木造の家々が軒を連ね、路地を抜けると突然現れる堀や、夜になると妙な音が響く屋敷。そこに実在した「本所七不思議」の伝承が、現代のゲームとして蘇った。『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』は、単なるホラーADVではなく、群像劇×視点切り替え×プレイヤー参加型の呪詛システムという、極めて独創的な構造でプレイヤーを魅了する作品だ。
2023年3月9日にスクウェア・エニックスから発売され、Steamで97%近い高評価を獲得。日本ゲーム大賞2023優秀賞をはじめ、シナリオ部門やアドベンチャー部門で複数受賞したこのタイトルは、価格1980円という手頃さにもかかわらず、圧倒的なシナリオ密度とシステムの完成度で「隠れた名作」と呼ばれている。プレイ時間は1周6〜10時間程度とコンパクトながら、複数視点と分岐を完全に把握するには2周以上が必要になる、驚くほど濃密な体験だ。

開発背景と「FILE23」というタイトルに込められた意味
ディレクター兼シナリオライターを務めた石山貴也氏は、かつて元気で『探偵・癸生川凌介事件譚』シリーズを手がけたミステリーの職人だ。その経験は本作の随所に活きている。伏線の回収が完璧で、キャラクターの会話が自然で、論理の整合性が極めて高い。タイトル「パラノマサイト」は「パラノーマル(超常現象)を覗き見る力とその光景(サイト)」を意味する造語。「FILE23」は「これは無数にあるファイルの一つに過ぎない」という、シリーズ化への強い意志を示している。実際、後にFILE38『伊勢人魚物語』などの言及もあり、将来的な拡張が期待されている。
このゲームの特筆すべき点は「低予算高品質」の極致にあること。豪華な3Dや大規模なイベントは一切ない。テキストと立ち絵、精緻な背景、そして革新的なシステムだけで、プレイヤーの想像力を最大限に刺激する。まさに「読むホラー」ではなく「体験する怪談」と言える。
実在する「本所七不思議」とゲームへの昇華
ゲームの根幹を支えるのが、江戸時代から墨田区本所で語り継がれてきた実在の怪談群だ。単に怖い話として消費されるのではなく、各伝承が「呪詛珠」として具現化し、所持者に lethal な能力を与えるという設定が秀逸だ。
主な七不思議とゲームへの反映(ネタバレ最小限):
- 置いてけ堀:夜の堀で「置いてけ」という声が聞こえ、振り返った者を溺死させる。ゲームではこの伝承が特定の珠の能力に直結。
- 送り拍子木:後ろから拍子木の音が追いかけてくる。振り返ると…という恐怖。火や死のイメージと結びつく。
- 足洗い屋敷:巨大な足が現れる屋敷の怪。視覚・聴覚に訴える不気味さ。
- 落葉なき椎:葉が落ちない椎の木にまつわる伝承。
- 狸囃子(馬鹿囃子):狸の囃子や太鼓の音が聞こえる。音が鍵になる。
- その他、送り提灯、燈無蕎麦、片葉の葦なども背景や能力に織り込まれている。
これらの伝承をただ再現するのではなく、「呪い」のメカニズムとして再解釈したことで、プレイヤーは「昔話が本当に起きたらどうなるか」を体感できる。土地勘がある人や怪談好きは、特定の場所名や情景描写に鳥肌が立つはずだ。ゲームをプレイした後、実際に墨田区を歩くと、路地裏の空気が少し違って見えるようになる。それくらい世界観への没入度が高い。
群像劇の深みと9人の人間像
物語は興家彰吾というごく普通の会社員から始まる。彼がオカルト好きの福永葉子と出会い、調査を進めるうちに呪詛珠に巻き込まれる。そこから視点が切り替わり、9人近くのキャラクターがそれぞれの「蘇らせたいもの」を抱えて動き出す。
- 愛犬を蘇らせたいオカルト少女
- 息子を殺された主婦
- 過去に心霊対策室にいた刑事
- 相棒刑事との漫才めいた軽妙なやり取りが最高の刑事バディ
- 親友の死の真相を追う高校生と、霊感の強い転校生コンビ
- エリート学生と美大生のペア(意外な目的を持つ)
各キャラクターの動機は「復活」「復讐」「執着」「好奇心」と多岐にわたり、善悪が簡単に割り切れない。あるルートでは冷徹な加害者に見えた人物が、別の視点では深い悲しみを抱えた被害者として描かれる。視点切り替えシステムによって、プレイヤーは「誰が正しいのか」を自分で判断しなければならない。これは単なるマルチエンディングではなく、人間ドラマの多層性を味わうための仕組みだ。
特に印象的なのは、刑事コンビの会話。重苦しい展開の中で、歯に衣着せぬストレートな物言いや漫才のようなやり取りが絶妙な緩急を生む。ネットミームに頼らず、台詞のセンスとテンポだけで笑わせる書き手の力量が光る。
ゲームシステムの革新性
本作を「ただのテキストADV」と侮ってはいけない。2つのシステムが体験を根本から変える。
1. パノラマ探索システム 場面で360度自由に見回せる。昭和の街並み、薄暗い室内、路地裏のゴミ箱まで細かくチェック可能。手がかりを探すだけでなく、雰囲気そのものを「歩き回って」感じられる。テキストADVの弱点だった「静止画の退屈さ」を完全に解消した、画期的な試みだ。
2. 呪詛行使システム 条件を満たすと、プレイヤーは相手に呪いをかけるかどうかを選択できる。これは「殺す」行為そのものであり、物語のテーマ(欲望の代償、連鎖する呪い)をプレイヤー自身に突きつける。面白いのは、一部の呪いがゲームのシステム設定(音量調整など)で回避・逆利用できる点。メタ的な知識を駆使して対抗する楽しさは、他のゲームではなかなか味わえない。
視点切り替えと呪詛行使が連動することで、「情報を集めて戦略を立てる」プロセスが中毒性が高い。初回は戸惑うが、すぐに「次はどの視点で何を調べるか」を考えながらプレイするようになる。
初めてプレイする人への実践的アドバイス
- 初回はストーリー重視で進める。選択に迷ったら自分の直感に従おう。後からやり直す楽しさが格段に増す。
- すべてのセリフと小道具を丁寧に読む。特に視点が変わった直後の新情報が重要。
- 呪詛行使は「行使しない」選択も有効。状況によってはそれが最善手になる。
- 音量設定を柔軟に使う。特定の呪い対策にシステム設定が鍵になるシーンがある。
- 完全理解を目指すなら:すべての視点ルートを経験し、各キャラクターの目的・過去・人間関係を頭の中で繋げること。真エンドはそれが揃った先に待っている。
- コンテンツ警告:暴力描写、死、心理的ホラーあり。CERO D(17歳以上対象)。苦手な人は事前確認を。
このゲームは「1周で満足」するタイプではなく、「2周目で初めて本当のゲームが始まる」タイプだ。真エンド到達後の「全部繋がった…!」という感動は、なかなか味わえない。
この作品が残したもの
『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』は、2023年のゲームシーンにおいて「小さいけれど、完成度が異常な作品」の代表例だ。大作に疲れた人、ミステリーや怪談が好きな人、短時間で深い体験を求める人に特におすすめしたい。
似た雰囲気で語られる『都市伝説解体センター』とは異なり、本作は時代背景の重み、民間伝承の深み、群像劇のスケール、プレイヤー参加型のメタ要素で明確に差別化されている。石山氏のミステリー作家としての力量が、ホラーというジャンルと完璧に融合した稀有な一作だ。
プレイを終えた後、あなたはきっと「パラノーマルな視座」を手に入れているはずだ。夜の路地を歩くとき、誰かの足音に敏感になるかもしれない。古い堀の水面に、ふと何かが浮かんで見えるかもしれない。それが、このゲームが与えてくれる最も価値ある「副作用」だ。
もしすでにプレイ済みなら、どのルートが一番印象に残ったか、どのキャラクターの人間性が一番刺さったか、ぜひ語り合おう。真実を知った後の感想は、人によって全く違うからこそ面白い。
昭和の闇に潜む七つの不思議。 その先に待つ蘇りの秘術を、あなた自身の目で確かめてみてほしい。

